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大町町の伝説

入力日 2016-05-06 閲覧 8317
タイトル 「杵島」の由来
内容

 九州に熊襲(くまそ)という豪族が住んでいた1500年ほど前の大昔のことである。熊襲の勢いがだんだん強くなって、朝廷の命令も聞かないようになってきた。そこで、神功(しんぐう)皇后が、大勢の兵士を引き連れて、熊襲を討つために九州へやってきた。肥後の国(熊本)から肥前の国(佐賀)へと船を走らせていると、突然誰かが大声で叫んだ。

 「おうい、向こうの島が沈んでいくぞ!」

これを聞いた兵士たちが、その島の方を見ると、島はみるみるうちに沈んで見えなくなってしまった。みんなびっくりして眺めていた。この島は、有明海にある「沖ノ島」である。(近くの人たちは、豊作と豊漁の神様として年に一度のぼりを立てて、笛や太鼓をならしながら『沖ノ島まいり』をする。満潮になると、島が沈んで見えなくなる。)

 そのうちに、船は住ノ江の川口へと進んでいった。ちょうど満潮である。櫓をこがなくても船はひとりでに進んでいく。上流に向かって滑るように走り出した。しばらくすると、また、誰かが大声で叫んだ。

「おおい、山に向かって船が進んでいくぞ。」

兵士たちは前を見て驚いた。

「おおい、船を停めろ。」

神功皇后も驚いて、船を停めるよう命じられた。家来の武内宿禰(たけしうちのすくね)と何人かの兵士が、このことを村の人に尋ねに行った。他の兵士たちが船で待っていると、川岸のアシの中から妙な鳥の声が聞こえてくる。

「おもしろい声じゃ。」

と兵士たちが顔を見合わせながら笑っていると、武内宿禰が帰ってきた。

「心配するな。アシの中のおしゃべり雀もそう言っているではないか。みんな耳を澄ましてようく聞いて見よ。・・・・・・ほーら、ギョギョシー、ギョギョシーと鳴いているだろう。」

「そういえば、そのように聞こえるようだが。」

「あの鳥の鳴き声を言葉に直すとだな、ギョギョシー、ギョギョシー、ワーピュロロ、ミーピョロロ、ヨロギョーシュ、ワッシュワッシュ、ギョーショ、ギョギョシー、ギョギョシーと言っているんだ。」

「ところで、それは一体何のことだ。」

と他の兵士が尋ねた

「これを人間の言葉に直してみよう。ギョギョシー、ギョギョシーというのは、皇后様、皇后様ということだ。ワーピュロロ、ミーピョロロ、ヨロギョーシュというのは、若い兵士の皆さん、ようこそおいでくださいましたということだ、つまり始めから言うと『皇后様、皇后様、若い兵士の皆さん方、ようこそおいでくださった。逆に流れるこの川は、心配することはありません。満潮、引潮、櫓をこぐ必要いりません。熊襲征伐ご苦労様。』と言っているんだ。」

これを聞いた若い兵士は、腹を抱えて笑い転げた。

 それから、一行は、橋下(白石町)、福母(大町町)、赤坂(武雄市北方町)とそれぞれの入り江に船を停めた。その頃、村では、皇后様と兵士たちをもてなそうと、村人みんなで、餅つきを始めた。あちらからも、こちらからも、餅つきの音がにぎやかに聞こえてきた。皇后様はこの音を聞いて、

「あの音は何だ。熊襲の企みではないか。」

と心配して尋ねられた。武内宿禰が家来に命じて調べたところ、一行をもてなすための餅つきの杵の音であることが分かった。

 皇后様も、不思議なことの多いこの島の様子がようやく分かり、胸をなでおろされた。そして、四方から鳴り響いてくる餅つきの杵の音を聞きながら、

本当にこの島は杵の島じゃのう。」

と言われた。

 皇后様のこの言葉が、村人たちの耳の入り、この辺りを「杵の島」と呼ぶようになった。長い年月のうちに、いつの間にか「杵島」と言うようになった。

※ギョギョシ(行行子)は、オオヨシキリのこと。鳴き声が「ギョギョシ、ギョギョシ」と聞こえる。

 

~「大町町の伝説」 島ノ江 寛 著 1998 協文社印刷 より

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